2017年6月24日(土) アフリカの諸国 7
当ブログでは、これまで、アフリカシリーズとして、下記記事
アフリカの諸国 1~6 (2017/5/6 ~ 6/15)
で、アフリカの地理や、開発段階、植民地分割、利他主義、産業(農業・鉱業)、国連の取り組み(MDGsまで・SDGsを中心)を取り上げてきた。
本稿は、シリーズの続編で、日本のアフリカ支援に関するTICADと、政府開発援助ODAについて取り上げることとした。
◇ TICAD
TICADは、
Tokyo
International
Coference
on
Arfican
Development
の頭文字をとったもので、日本が主導し、国際的な機関とも連携しながら進める、アフリカの開発をテーマとする会議のことで、日本語では、
「アフリカ開発における東京国際会議」、 (略)「アフリカ開発会議」
と称されるが、通常は、
TICAD Ⅳ
等と、呼ばれている。
下表にあるように、1993年に第1回が開催され、2016年の第6回まで来ている。
当初は、開催は、5年周期だったが、3年周期に短縮されることが、前回の第6回で決まり、次回は、2019年に日本で開催されることになっていて、横浜市が名乗りを上げている。(アフリカ開発会議 - Wikipedia、等より)
当ブログで取り上げてきた、国連の開発計画目標は
MDGs 2000年9月 国連サミット
SDGs 2016年9月 国連サミット
で採択されており、TICADは、これ等の動きと連携している。
会合
議長
開催期間
開催国・地
記事
第1回アフリカ
開発会議(Ⅰ)
東 祥三
1993年
10/5~6
東京都
「アフリカ開発に関する東京宣言」採択
第2回アフリカ
開発会議(Ⅱ)
1998年
10/19~21
東京都
「東京行動計画」採択
閣僚レベル会合
田中真紀子
2001年
12/3~4
東京都港区 *
世界銀行が、以降共催者に
第3回アフリカ
開発会議(Ⅲ)
森 喜朗
2003年
9/29~1
東京都
「TICAD10周年宣言」発表
アジア・アフリカ貿易投資会議
川口順子
2004年
11/1~2
東京都港区 *
平和の定着会議
塩崎恭久
2006年
2/16~17
エチオピア
アディスアベバ
持続可能な開発のための環境とエネルギー閣僚会議
岩屋 毅
2007年
3/22~23
ケニア
ナイロビ
第4回アフリカ
開発会議(Ⅳ)
福田康夫
2008年
7/7~9
横浜市 +
「横浜宣言」「横浜行動
計画」採択
野口英世アフリカ賞
第5回アフリカ
開発会議(Ⅴ)
安倍晋三
2013年
6/1~3
横浜市 +
「横浜宣言2013」
“援助から投資へ”
第6回アフリカ
開発会議(Ⅵ)
ケニア
チャド
日本
2016年
8/27~28
ケニア
ナイロビ
初の現地アフリカ開催
開催周期を5年から3年に短縮
「ナイロビ宣言」採択
第7回アフリカ
開発会議(Ⅶ)
2019年
日本
(横浜)
*赤坂プリンスホテル +横浜国際平和会議場
◇ ODA
各国政府による、開発途上国に対する公的援助は、Official Development Asistance(ODA 政府開発援助)と呼ばれる。
ODAには、以下のような、いくつかの種類があるようだ。
日本では、ODAには、上図のように、資金的なものと、人的な技術協力があるが、これらに関する実務は、2008年10月以降、組織を新たにしたJAICA(JApan International Cooperation Agency ;国際協力機構)に一元化されている。
第2次世界大戦で敗れた日本は、終戦後、アメリカ等の援助の下、急速に復興し、国連にも加盟し、経済大国となった。 援助を受ける国から、援助をする国に変わったのである。 (私の提言:第41回 池亀美枝子さん)
下図は、主要支援国の、ODA額の推移を示している。
日本は、上図のように、ODA支援額が、暫く、アメリカに次いで、世界2位だったのだが、ここ数年、財政状況から援助額が削減され、ドイツ、イギリスに次いで、世界4位となっている。 でも、苦しい中で、少しづつ増額をしているところだ。
援助額は、絶対額だけでなく、GDPと対比した場合の比率も問題となるが、0.7%が国際目標とされているが、日本は、まだまだ、クリアしていないようだ。
◇ ODAの課題とその克服 (政府開発援助 - Wikipedia 等より)
ODAは、公的な資金だけに、歴史的にも、多くの問題があったようで、見直しが行われてきているが、現在は、以下のような課題が指摘されているようだ。
*贈与比率の低さ
日本のODAは、贈与ではなく、被支援国が返済を要する有償資金協力(円借款)の比率が高い。これは、日本がODAの被支援国から支援国へと移行していくに際し、贈与を行うだけの財源がなかったことに加え、ハードインフラの整備へ向けた低利融資によって日本の輸出市場を拡大していくという政策目的も背景にあったとされる。
また有償の円借款協力は「借りたものは必ず返す」という意味で、日本の援助哲学でもある「自助努力」を促すことになり、途上国の自立の精神を涵養するという一面を持っている。
欧米の原則無償の援助は、「人道」を前面に出しているものの、往々にして依存心を産んで、自立の精神を阻んでいるとも指摘されている。
*ハード支援比率の高さ
日本のODAは、道路、橋、鉄道、発電所などのハードインフラストラクチャー整備の占める割合が大きい。多くの日本人が『ODA』と聞いて連想するのも、こういった支援形態である。
ハードインフラの整備自体は、被援助国の経済発展とそれに伴う貧困削減のために重要とされるが、ハードインフラ整備を巡っては、多額の受注費を巡って政治家と日系企業が癒着し、仲介業者が不当に多額の報酬を取得しているとの指摘がある。
ただ、昨今では、請負企業を日系企業に限定するタイド(いわゆる紐付き援助)案件の割合は大幅に低下し、2001年時点で20%を下回っている上、日系企業の受注率も低下している。
一方、昨今では、人材育成や法・制度構築や教育などを中心に、ソフト面での支援に力を注いでいく考え方が強まっている。
ソフトインフラ整備支援の代表例としては、経済発展や民主主義の基盤となる基本法や経済法の起草支援、裁判所などで、法令の運用・執行に関する支援を行う法整備支援が挙げられる。近年日本に限らず、世界各国が法整備支援に力を注いでいる。
*アジア中心から世界へ
日本のODAは、アジアに対するものが大きい。日本に限らず、どの援助国も、歴史的、地理的、経済的な理由で、援助対象国の地域的な偏りが見られ、日本の場合は、ODAが、アジアに対する戦後賠償に端を発している、という特殊要因も挙げられる。
昨今のアジアは、世界経済の牽引役と言われるほどに経済発展を遂げつつあるが、その要因としては、アジア各国の勤労意欲、文化などに加え、日本のODAによる経済インフラ整備も挙げられる。
また、未だ貧困率の高いアフリカに対し、日本のアジアでの援助経験を活用していこう、という考え方も強まっており、先述のTICADを梃子に、アフリカ支援に力を入れている。
*現地のためになっているか。
前項で触れたが、ある国に、資金を提供し、道路・橋梁などの工事を完成させる援助の場合、工事を請け負う業者が指定されて、ひも付き(tied)になると、割高で発注することとなり、この業者が、ODAを食い物にしてうまい汁を吸うこととなる。現地の政治家等が、私腹を肥やすケースもあったようだ。 一頃までは、このような援助の構図が、随所にあったようようだ。
国民の税金が、有効に使われたとは言えない。
さすがに現在は、ひも付きでない(un―tied)援助が中心で、日本の企業の受注率も、低くなっているという。
言うまでもないが、工事自体も重要だが、援助される現地の側から見て、その後のメンテはどうするのか等もあり、地域の業者の参画や、人材の育成も極めて重要である。
*PPPの仕組み
開発援助の形として、この所、よく、PPPと言われる。これは、
Public-Private Partnership
の頭文字をとったもので、日本語では、
官民連携
と言われる。(PPPとは?改正PFI法とは? 等を参照)
途上国の持続的開発のためには、民間企業のもつパワーが不可欠との観点から、近年、米国やドイツなど主要援助国では、民間企業と連携した援助の新しい形態を模索する動きが目立っている。
政府がODA資金を使って道路、港湾、エネルギーなどのインフラを整備した地域に民間企業が進出することで企業リスクを軽減、進出企業による技術移転、雇用機会の増大、貿易投資の拡大などを狙っている。
PPPの仕組みは、新たな形のひも付き援助にも見え、新植民地主義に繋がるようにも見えるが、援助する側と、援助される側との利益のバランスがポイントで、今後の動きが注目されるところだ。
上記のように、PPPは、インフラ整備がメインだが、農業分野も対象となっていて、アフリカの3カ国(ブルキナファソ、マラウイ、タンザニア)について、PPPの実態を、2014年に調査した結果、
“PPPによる農業開発では、貧困層は参画の程度も低く、投資の利益を享受するのは一部の特権階級となる可能性が高いことがわかった”
という報告等、相変わらずの、想定通りの問題状況もあるようだ。 (調査報告書「官民連携が招くモラル・ハザード?」 )