2016年1月4日(月) 日韓外相会談―従軍慰安婦問題
2016年(平成28年)が始まった。果たして今年はどんな年になるだろうか。
押し詰まった年末ぎりぎりにクローズアップされたのが、従軍慰安婦関連の話題である。先日の12月28日に、急遽、日韓外相会談が開催され、両国間の懸案事項である従軍慰安婦問題で大きな進展があったようだ。
戦後70年、日韓国交回復50年という節目の年になる2015年内に、何とか解決を図りたいと言う、両国政府の強い思いが感じられる。これは、先の11月の日韓首脳会談で、できるだけ早い時期の決着を目標に、局長級の事務レベルで具体策を検討することとした事を受けて、実現したものである。
従軍慰安婦問題については、当ブログでも、下記記事で取り上げていて、
今年の終戦記念日 1 (2015/8/28)
先日の日韓首脳会談後には、以下の記事
日韓首脳会談―従軍慰安婦の影 (2015/11/10)
で、これまでの経過も含めて、詳細に取り上げてきたところだ。
今回は、これらと重複する部分は省略し、新たに合意された事項を主に、とり上げたい。
◇外相会談前夜
日本政府は、これまで、戦後処理にかかわる請求権問題は、国交回復時の交渉で、完全に解決済みとしてきた。でもその後も、韓国国内では、火種が残り、蒸し返すようにこの問題が取り上げられて来た。
これに対し、先の首脳会談でも、韓国政府は、この問題が交渉の前提だと、強硬な姿勢をとっており、従軍慰安婦問題は、人道上の問題として別であると主張している。 このように、両国とも、従来のスタンスを強調する中で、外相会談はスタートしたのだが、果たして、本番は、如何なっただろうか。
◇共同記者発表
外相会談後、両国の外相が、ワンウエイで読み上げる形で、共同記者発表が行われたようで、公式な声明として文書化されたものはなく、質疑応答も無かったようだ。
幸いに、外務省のHPには、記者発表の記録の形?として、以下の記事が、日本語で掲載されているので、引用したい。同じ記事が、韓国語でも掲載されており、これらの表現内容については、日韓双方が了解したものと思われる。 なお、米国や諸外国向けに、同様の記事が、英語でも掲載されている。(日韓外相会談 | 外務省)
“12月28日午後2時から3時20分頃まで,岸田文雄外務大臣は,尹炳世(ユン・ビョンセ)韓国外交部長官と日韓外相会談を行い,直後の共同記者発表(日本語/英語/韓国語(PDF))において,慰安婦問題について以下のとおり発表した。
1(1)岸田外務大臣による発表は,以下のとおり。
日韓間の慰安婦問題については,これまで,両国局長協議等において,集中的に協議を行ってきた。その結果に基づき,日本政府として,以下を申し述べる。
ア 慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり,かかる観点から,日本政府は責任を痛感している。
安倍内閣総理大臣は,日本国の内閣総理大臣として改めて,慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する。
イ 日本政府は,これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ,その経験に立って,今般,日本政府の予算により,全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる。具体的には,韓国政府が,元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し,これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し,日韓両政府が協力し,全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復,心の傷の癒やしのための事業を行うこととする。
ウ 日本政府は上記を表明するとともに,上記(イ)の措置を着実に実施するとの前提で,今回の発表により,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。
あわせて,日本政府は,韓国政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える。
(2)尹外交部長官による発表は,以下のとおり。
韓日間の日本軍慰安婦被害者問題については,これまで,両国局長協議等において,集中的に協議を行ってきた。その結果に基づき,韓国政府として,以下を申し述べる。
ア 韓国政府は,日本政府の表明と今回の発表に至るまでの取組を評価し,日本政府が上記1.(1)(イ)で表明した措置が着実に実施されるとの前提で,今回の発表により,日本政府と共に,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。韓国政府は,日本政府の実施する措置に協力する。
イ 韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し,韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する。
ウ 韓国政府は,今般日本政府の表明した措置が着実に実施されるとの前提で,日本政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える。
2 なお,岸田大臣より,前述の予算措置の規模について,概ね10億円程度と表明した。
3 また,双方は,安保協力を始めとする日韓協力やその他の日韓間の懸案等についても短時間意見交換を行った。”
◇発表の要点
*日本の発表の要点
ア 軍の関与を認め、責任を痛感し、謝罪する。
イ 韓国が設立する事業を行う財団に協力し、資金10億円を拠出
ウ 今回の措置が最終的で不可逆的に解決されることを確認。 互いに非難・批判することを控える。
*韓国の発表の要点
ア 最終的で不可逆的に解決されることを確認t⇒日本のウ項に対応
事業での日本の措置に協力⇒日本のウ項に対応
イ 大使館前の慰安婦像の扱いは、国内の説得に努力する⇒果たしてどうなるだろうか
ウ 国際的な場での相互の非難・互いに非難・批判することを控える⇒日本のウ項に対応
◇率直な印象
①これまで日本が取って来た、「解決済みの姿勢」を改めて、今回の外相会談では、一歩進めて、やや、まともに取り上げた形である。 表面には出ていないが、韓国側が、別次元の、人道上の問題としてきたことを、日本側も受け入れたと言う事でもあろうか(これは、前稿で述べた筆者の意見に近いがーー。)
発表文を見る限り、形式論ではなく、実質的に解決を図りたいと言う、強い姿勢が窺える。 これには、言われているように、 両国関係の冷え込みで、最近の経済関係等の停滞が大きい一方で、日韓関係の悪化を懸念する米国の外圧等もあろう。
②総理の70年談話では、従軍慰安婦問題は、間接的に触れただけだったが、今回は、大きく踏み込んで、軍の関与を認め、責任を感じ、韓国側に謝罪している。でも、軍の関与を認めた河野談話からは後退しているという意見もある。
韓国国内には、今回後でも、国の責任が全く不十分、という意見もある。
③大使館前の従軍慰安婦像は、日本にとっては、目の上のたんこぶだが、この像の扱いについて、韓国政府が国内の世論を説得する、という努力目標になっている。
国内には、強力な圧力団体(韓国挺身隊対策協議会:挺対協)があるようで、これを含めて、国内世論の納得が得られるか否か、朴政権の力量が問われるところだ。 米国内の韓国系の人権団体の動きも注目される。
④日本は、韓国政府の行う支援事業に協力し、資金10億円を拠出する。
韓国の当初要求は20億円だったようだ。 先のアジア女性基金では、約11億円(約半分が、政府資金で、残りは民間)拠出している。
⑤双方とも、蒸し返しに釘を刺すことで、今回も反故にされる可能性を無くす。
韓国・日本両国の威信にかけて、前に進むしかなく、もう後へは引けないという不退転の決意だろう。
◇今後の日韓関係に向けて
ア 戦争責任と戦後処理
*戦争当時の事は、70年以上にもなる遠い昔のことで、どんどん、良く分らなくなってきており、生存している数少ない当事者も、高齢化している。
また、戦後処理の条約交渉当時のことを調べようにも、もう、50年も経過している事だ。
時は待ってはくれず、急がなければならず、時間の経過との戦いだが、これ以上、当時の状況を明らかにしていくことは、困難であろう。時間の経過による時代の変化が、宿年の恨みを乗り越えさせてくれるだろうか。
ただ、日本が近代化の途上で行った歴史上の事実は消えることはなく、それを巡る認識が問われる。韓国での、記憶遺産への登録の動きは、おかしなことではない。
*往時は、従軍慰安婦や、戦地での公娼等は、当たり前だったのだろうか。そして、一部の国民に対して、国家権力等の下で、強制的に従事させる事もあったようだ。
現代では、このような性風習があるのか否か、実体はどうなのか、良く知らないところだ。 例えば、国内の自衛隊や米軍基地周辺では、取引として、自由意思にもとずく習俗はあるだろうか。
いま、問題にされているような従軍慰安婦の仕組みは、前時代的な負の遺産といえるだろう。
*慰安婦当事者の中には、不本意ながら強制され、みじめな思いを味わった人も多いだろうか。この人たちが、終戦後に、自分の生活を立て直し、社会に復帰するまでの道のりはどうだったのだろうか。
己が、従軍慰安婦だったことを当事者本人からは、言い出しにくく、社会的に名乗りでる(カミングアウトする)には、その後の人生を賭ける勇気が要り、リスクを伴う事だ。
この問題には、現代の、レイプ、セクハラ等の性犯罪の立証、究明などと共通する側面があり、プライバシーとの関連から、証拠となる情報は得にくく、事実を確認することは容易では無い。
イ 大局的見地からの活発な交流を
韓国との国交樹立50周年、戦後70年の節目を迎えて、この辺で、今後を見据えた、前向きの思考に切り変えて、両国間の、経済、文化、技術等の活発な交流を図る時だろう。竹島問題もあるが、乗り越えていきたいものだ。
今年の5月には、G7サミットが開催される予定で、日中韓首脳会談も、本年、日本で開催されることが合意されている。これらのイベントが、新たな日韓関係構築に向けての、大きな目標となるだろうか。
最近、韓国内では、「帝国の慰安婦」の著者、朴裕河教授が、在宅起訴される事案があったり、慰安婦問題の最高裁への提訴の取り下げ等もあったが、他方、名誉棄損で訴えられていた、産経新聞ソウル支局長が、無罪となる判決などもあった。
言論の自由等を巡る、韓国国内の状況は、かなり不安定で、注意が必要のようだ。
ウ 身近な隣国として
筆者にとって、韓国は、これまで2度訪れたことがあるが、今も、身近な隣国である。
昨日は、近隣の韓国ファミレスで、焼き肉と石焼ビビンバを楽しんだ所で、白菜キムチやキムチ鍋は定番である。 テレビの韓流ドラマ(時代物、現代物)では、連日のように、すっかりお世話になっている。
スポーツの分野でも、韓国は日本の良きライバルだが、サッカーの李選手や、野球の李選手が、日本で、現役として活躍中なのは周知のことだ。
韓国は、善悪は別にして、古代から日韓併合などもあるなかで、現代まで、長~い付き合いのある相手で、半ば、身内のような存在だ。中東でのサウジとイランのように、突然、国交断絶をし、付き合いを止める訳には行かない。
骨肉の争いにならぬよう配慮しつつ、最も身近な一衣帯水の隣国との間で、対等で活発な交流を積み上げていきたいものだ。