2022年5月20日(金) ロシアの特殊性のこと
ロシアのウクライナへの軍事侵攻に関するニュースが、流れている。
北欧2か国のNATOへの加盟の動きや、要衝マリウポリをロシア軍が掌握したとも伝えられている。今回は視点を変えて、ロシアの特殊な状況について、触れることとしたい。
◎ロシアの標準時
ロシアの国土は、東西に長大なため、標準時が11もあるようだ。
ロシアの標準時を下図に示す。(ロシア時間 - Wikipedia.html から引用)
アメリカは、本土の標準時は4で、アラスカ、ハワイを入れても6だ。ブラジルは3で、オーストラリアも3だ。 中国は、東西に広いものの1、である。
日本は、日本標準時(JST UTC+9)1個があるだけだ。
ロシアの主要部分は、UTC+3の、モスクワ時間に入っている。
カリーニングラードは、バルト海に面した、ロシアの飛び地であり、1個の時間帯が割り当てられている。
◎ 気候区分
ロシアのケッペンの気候区分が下図である。
(世界の主な気候帯_名前、表、地図。ロシアの気候帯は何ですか_.html を参照)
北極に近い地域やカムチャッカはツンドラ地帯で、ロシアの主要部分は、冷帯湿潤気候で、あり、全体として、冷帯になる。
南部にステップ気候の地域があり、黒海やカスピ海周辺は、温暖な、西岸海洋性気候、地中海性気候となっている。
図にあるように、日本は、本州は温暖湿潤気候に入っているが、北海道地方は、ロシアの主要部と同じ、冷帯湿潤気候に入る。
◎ 多民族国家
◇民族面から
ロシアは、193もの民族が住んでいる、稀にみる多民族国家と言われ、2010年の国勢調査のデータは以下のようで、上位27位まで表示している。
(民族人口ランキング.html 参照)
第1位のロシア人は、全人口の80.9%を占める様だ。以下、1%以上を占める民族は次のようだ。
タタール人 3.8% ウクライナ人 1.4% バシキール人 1.1%
チュヴァシ人 1.0% チェチェン人 1.0%
(以上 民族人口ランキング.html から引用)
国勢調査後の、クリミア併合や、コーカサス地方での地域紛争による変化もあると思われる。
◇言語面から
民族を識別する言語で見ると、全国的に唯一の公用語は、ロシア語だけのようで、話者数
比率は、80.9%になるようだ。
外に、民族固有の言語が、公用語として、共和国で認められていて、35に上るという。
(ロシアの言語 - Wikipedia.html 参照)
上記のサイトには、26の言語がリストアップされているが、これらを、語族の地域数で見ると、
北西コーカサス語族 3 アバザ語 アディゲ語 カバルド語
北東コーカサス語族 3 アヴァル語 チェチェン語 イングーシ語
チュルク語族 9 アルタイ語 バシキール語 チュヴァシ語
クリミア・タタール語 カラチャイ・バルカル語
ハカス語 ノガイ語 タタール語 トゥバ語
モンゴル語族 2 ブリヤート語 カルムイク語
チュクチ・カムチャッカ語族 1 チュクチ語
ウラル語族 5 エルジャ語 コミ語 山地(牧地) マリ語
モクシャ語
インド・ヨーロッパ語族 2 オセット語 ウクライナ語
になると言う。
話者数の多少でみると、
△5万人以下 6 アバザ語 チュクチ語 エルジャ語 カルムイク語 ハカス語
ノガイ語
〇50万人以下 12
◎50万人以上 6 アヴァル語 チェチェン語 チュヴァシ語 カバルド語
タタール語 ウクライナ語
となるようだ。
因みに、ロシア語自体は、インドヨーロッパ語族―東スラブ語群―スラブ語族に入る。
スラブ語が公用語の国を下図に示す。(語族の一覧 - Wikipedia.html から引用)
図にあるように、
西スラブ語が公用語の国 ポーランド チェコ スロバキア
東スラブ語が公用語の国 ロシア ベラルーシ ウクライナ
南スラブ語が公用語の国 ブルガリア セルビア マケドニア ボスニア モンテネグロ
クロアチア スロベニア
となり、これらの諸国は、言語的に、近い関係にある、と言える。
◎ロシアの特殊性
本稿では、ロシアの特殊性ということで、
標準時間、気候区分、民族構成
について見てきたが、
ウクライナのこと その6 (2022/4/5)
で触れたように、国土の広大さからくる、行政区画としての連邦構成体の多さを、うまく纏めていくためのシステム、が欠かせないように思える。
筆者は、独裁的、強権的なプーチン体制を、諸悪の根源と言ってきたが、これも、必要悪のようにも思えることだ。
ウクライナのこと その11 2022年/5/10
で引用した、以下のサイトが思い起こされる。
(「ロシアは事実上の独裁国家」といってるひとがいたんですが、そう... - Yahoo!知恵袋.html )
自由主義や民主主義の対極に位置づけられる、独裁的で強権的な政治も、ロシア連邦など、状況によっては必要で、国民も、それを望んでいるのではないか、と思えることだ。